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東京高等裁判所 昭和62年(ラ)181号 決定 1987年5月13日

抗告人

株式会社中野商事

右代表者代表取締役

中野三藏

右代理人弁護士

横田幸雄

相手方

信野金三

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一抗告人代理人は、別紙執行抗告状の抗告の趣旨欄記載の裁判を求め、その理由として同抗告状の抗告の理由欄記載のとおり主張する。

二よつて検討するに、一件記録によれば、次の事実を認めることができる。

1  国民金融公庫は、原決定別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)につき昭和五六年一二月二日その設定登記を了した抵当権に基づき、昭和六〇年一二月一三日、東京地方裁判所に対し不動産競売の申立てをなし、同月一七日、同裁判所の同月一六日付け競売開始決定を原因とする差押えの登記が本件建物につきなされた。

2  大谷守(以下「大谷」という)。は、本件建物につき、その所有者である藤原良和(以下「藤原」という。)との間で同年五月二四日付けで調印した「短期賃貸借契約証書(賃借権設定契約書)」に基づき、東京法務局江戸川出張所同年六月一一日受付第二五四九四号をもつて、借賃一か月二万五〇〇〇円、支払期支払ずみ、存続期間三年、譲渡、転貸ができる特約つきの賃借権の設定仮登記を経由した。

3  大谷は、有限会社パシフィックファイナンスの従業員であるところ、同会社は、本件建物につき、同法務局同出張所同日受付第二五四九三号(大谷の前記仮登記の一番前の受付番号)をもつて、同年五月二四日設定を原因とし、極度額一〇〇〇万円、債務者株式会社和基興業(その代表取締役は藤原である。)とする根抵当権設定仮登記を経由した。

4  大谷と藤原との間の前記2の短期賃貸借契約証書及び建物賃貸借契約公正証書には、前同日、保証金として一〇〇〇万円が大谷から藤原に交付された旨の記載があるが、右金員は、前記契約締結に当たり現実に授受されたものではなく、前記パシフィックファイナンスないし大谷の和基興業または藤原に対する貸金が充当されたにすぎなかつた。

5  大谷は、前記賃借権設定仮登記を経由後も、直ちに本件建物(和室五部屋、洋室三部屋に台所、浴室、便所などが備わつた純然たる居宅である。)に入居したわけではなく、同年九月三〇日ころ前記和基興業が倒産し藤原が所在不明となつた後である同年一一月ころになつて初めて、本件建物に入居した。その当初入居の態様は、当時本件建物に居住していた藤原の母藤原ふみに対し、「倒産するといろんな者が来るから、それらの者に話をつけてやる。」旨称して同女の了承を得て、同女やその孫らと共に本件建物に住むようになつたものである。そして大谷は、同月二八日ころ同女とその孫らが本件建物から退去した後は、単独で本件建物に住むようになり、次いで同年一二月三日ころ、抗告人が大谷から本件建物賃借権を二八〇万円で譲り受け、そのころから抗告人の従業員が抗告人会社の従業員宿舎であるとして、交替で留守番のために本件建物に居住するようになつた。しかし、その利用状況は、本件建物の二階洋室にホームごたつとテレビ一台を、同和室に布団一組を搬入した程度にすぎず、他に通常の従業員宿舎に必要とされる什器、備品等の搬入もなく、せいぜい抗告人による管理がされているとはいえても、従業員宿舎というには程遠い状況であつた。

6  昭和六一年一月八日午後四時三〇分ころ東京地方裁判所所属の執行官が現況調査のため本件建物に赴いた時は、本件建物は全戸不在であり、本件建物の一階南側の和室二間には雨戸が引かれたままの状態であつて、右雨戸及び玄関の扉には、センチュリー興産株式会社及び前記パシフィックファイナンスの連名で、「本件建物は、右両社が所有者及び賃借人から正当に賃借権を取得し、現に入居中である。何人も立入を禁止する。違反者は刑事告訴する。」旨の掲示がガムテープで貼付してあるにすぎなかつた。

7  以上1ないし6に認定の諸事実(大谷が藤原に交付したとされる保証金が異常に高額で、かつ、賃貸借期間中の賃料が全額前払であること、パシフィックファイナンスと大谷との雇用関係及び各仮登記の先後関係、大谷が本件建物につき占有を取得した時期とその態様及び大谷が本件建物に単独で居住するようになつて間もなく抗告人に賃借権を譲渡したこと並びに抗告人の占有状況等)を総合すれば、大谷は、本件建物をその本来の用方に従つて使用収益するためにこれを賃借したものではなく、その実質は、自己もしくは自己の勤務するパシフィックファイナンスの貸金債権を担保する目的で本件建物を賃借したにすぎず、また、抗告人も、本件建物をその本来の用方に従つて使用収益するために本件建物の賃借権を譲り受けたものではないと推認することができる。

三不動産につき設定される抵当権と利用権との調和を図ることを目的とする民法三九五条の法意に照らせば、抵当不動産をその本来の用方に従つて使用収益すること自体を目的とするのではなく、もつぱら、自己または第三者の債権担保を目的として設定された賃借権は、同条により保護されるべき短期賃借権に含まれないと解すべきであり、本来の用方に従つて抵当不動産を使用収益すること自体を目的としないで(右目的がある場合にどう考えるべきかは、さて措き)、右のような賃借権を譲り受けた者も、同条による保護を受けるに由ないものというべきであり、したがつて民事執行法八三条一項本文にいう「事件の記録上差押えの効力発生前から権原により占有している者でないと認められる不動産の占有者」に該当すると解するのが相当である。

四そうすると、抗告人に対し本件建物の引渡を命じた原決定は相当であつて本件抗告は理由がなく、その他本件記録を精査するも、原決定を不相当とする事由は認められない。

よつて、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官伊藤滋夫 裁判官鈴木經夫 裁判官山崎宏征)

別紙 抗告の趣旨

東京地方裁判所民事第二一部が昭和六二年三月四日に為した不動産引渡命令を取り消す。

との裁判を求める。

抗告の理由

一 申立外大谷守は本件建物の所有者であつた藤原良和との間で昭和六〇年五月二四日下記内容の短期賃貸借契約を締結し、東京法務局江戸川出張所昭和六〇年六月一一日受付第二五四九四号賃借権設定仮登記を為した。

賃料 一ケ月金二萬五千円

支払期 九拾萬円を一括前払い

賃借期間 昭和六三年五月二三日迄の三年間

特約 賃借権を第三者に譲渡、転貸出来る

二 抗告人は、昭和六〇年一二月三日前記申立外人より前記賃借権の譲渡を受け、社員宿舎として使用占有し、現在に至つている。

三 従つて、抗告人は差押前からの権原による占有者であり、且つ売却によつて、債務者に対抗することが出来る権原のみならず、買受人に対抗することが出来る権原を失わないものである事が明らかであり、原決定は、民事執行法八三条一項に違反するもので、あるので本抗告に及んだ次第である。

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